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	<title>月々のことば（法話） | 大谷本廟【西大谷】</title>
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	<description>大谷本廟は宗祖親鸞聖人のご廟所（墓所）であり、全国の門信徒がご遺骨をお納めするところでもあります。西大谷とも呼ばれています。大谷本廟は、納骨・永代経・墓参などをご縁として、おみのりを聴聞する場であります。</description>
	<lastBuildDate>Wed, 27 May 2026 00:31:03 +0000</lastBuildDate>
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		<title>『こころをばなににたとへん こころはあぢさゐの花』</title>
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		<dc:creator><![CDATA[otanihombyo]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 27 May 2026 00:30:31 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　梅雨の時期に見頃を迎える紫陽花(あじさい)。雨に濡れながら、青や紫、薄紅色へと色を変えるため、別名「七変化」とも呼ばれます。しかしこれは、気まぐれに色を変えているわけではありません。紫陽花の色は、根を張った土壌の成分に [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">　梅雨の時期に見頃を迎える<ruby>紫陽花<rp>(</rp><rt>あじさい</rt><rp>)</rp></ruby>。雨に濡れながら、青や紫、薄紅色へと色を変えるため、別名「七変化」とも呼ばれます。しかしこれは、気まぐれに色を変えているわけではありません。紫陽花の色は、根を張った土壌の成分に反応して決まるのだそうです。つまり、自らの意志ではなく、置かれた環境をそのまま受け入れて色づいている、なんとも正直な花なのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　冒頭の詩には、こう続きます。「ももいろに咲く日はあれど　うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　人間の「心」もまた、紫陽花に似ています。華やかな桃色のように弾む日もあれば、淡い悲しみの薄紫色に染まり、どうしようもない切なさを抱える日もあります。周囲の影響を受けて移ろいゆく紫陽花の姿に、作者は人間の心の痛ましいほどの繊細さを重ねたのかもしれません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　心は目に見えませんが、私たちの「顔」や「表情」にそのまま表れます。間もなく2歳を迎える娘を見ながら、夫婦でこんな会話をしていました。<br>「最近、表情がはっきりしてきたね。これからどんな顔立ちになっていくのかな？」<br>すると、そばにいた私の母がこう言いました。<br>「それはこれから、どんな人に出会い、どんな環境で育ち、どんな言葉を浴びて生きていくかじゃないかな。優しい言葉に触れていれば優しい表情になるし、トゲのある言葉の中では、険しい顔つきになってしまうかもしれないね。」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　まさにその通りだと思います。私たちの心も、出会う人や置かれた環境、聞こえてくる言葉によって、まるで紫陽花が土壌の成分を吸い上げるように、知らず知らずのうちに色を変えているのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　だからこそ、何と出会い、何をよりどころにして生きていくのか。そのことが、人生という花の色を決めていくのではないでしょうか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　私たちは、有縁の方々の尊いお導きによって、阿弥陀如来のご本願に出遇わせていただきました。それは、環境によって七変化してしまう私たちの根底に「南無阿弥陀仏」という決して揺るがない豊かな土壌をいただいたということです。お念仏という土壌をいただいた上は、必ず「お浄土へ生まれ、仏さまと成る」という同じ花を咲かせることが約束されています。お念仏を申す中で、境遇や心の色の違いを超えて、同じ阿弥陀如来に抱かれた道を歩み、同じお浄土へと帰らせていただくのです。移ろい続ける私のままでいい。そのままで、すでに大いなる安心の中に身を置かせていただいている。そのことを深くよろこびたいものです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　今日もそれぞれの色を生きながら、同じお浄土を仰ぎ、ともにお念仏をよりどころとして歩んでまいりましょう。</p>



<p class="has-text-align-right wp-block-paragraph">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　本願寺派布教使　<ruby>山<rp>(</rp><rt>やま</rt><rp>)</rp></ruby><ruby>﨑<rp>(</rp><rt>さき</rt><rp>)</rp></ruby>　<ruby>弘<rp>(</rp><rt>こう</rt><rp>)</rp></ruby><ruby>純<rp>(</rp><rt>じゅん</rt><rp>)</rp></ruby></p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>『死ぬ稽古をしなさい』</title>
		<link>https://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/howa/5278/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[otanihombyo]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 27 Apr 2026 00:18:25 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[「命を終えるのが、もう目前かもしれない、って聞いて、どう思った？」 「楽しみ」 　昨年の五月。父が往生する二日前に、ICUのベッドの上で、私の問いに答えた言葉です。なぜ父は「楽しみ」と言えたのか。往生の後、しばらく考えて [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">「命を終えるのが、もう目前かもしれない、って聞いて、どう思った？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「楽しみ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　昨年の五月。父が往生する二日前に、ICUのベッドの上で、私の問いに答えた言葉です。なぜ父は「楽しみ」と言えたのか。往生の後、しばらく考えていたのですが、あるご法話をお聴聞したとき、「あの言葉の背景には、このことがあったのかもしれない」と思いに耽りました。そのご法話は、深川倫雄和上というお方が、あるご法座で、お参りの女性のご質問にこのようにお答えなさったとご紹介される内容でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「先生。お浄土に生まれさせていただくことは、ありがたいことだなと思うのですけど、だけどやっぱり、命を終えるのは、怖いとも思ってしまいます。どうしたら、心静かに、心穏やかに、命を終えていけるでしょう」<br>「何ごとにも、上達するには、稽古が必要ですからね。今晩から、死ぬ稽古をしなさい。いきなり、自分が死ぬ稽古をするのが難しければ、一つ前の段階として、これからも迎える大切なお方とのお別れの折に、どのような言葉をかけるか、考えなさい」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　私たちは、ついつい、「がんばって」と声をかけたくなりませんか。「生きているうちが華。死んだら終まい」という命の価値観しか持ち合わせていなければ、「がんばって。死なないで」という言葉をかけたくなってしまう。だけど、その病室の中におられる方の中で、一番がんばっておられるお方は、命を終えていかれるご本人ですね。一生涯、がんばってこられて、今は「もうこれ以上、がんばれない」というほど、がんばっておられる。そのお方に、さらに「がんばって」と言えば、つらく聞こえてしまうかもしれない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「死んだら終まい」ではなくて、「阿弥陀さまに抱かれて、お浄土に生まれる」というお救いを聞かせていただいているお互いであるなら、「がんばって」と言いたくなる気持ちを飲み込んで、例えば、「ありがとう。あなたと出会えてよかった。一緒に時間を過ごせて、幸せだったわ。お世話になりました。先にお浄土に往って待っててね。私もすぐに参らせていただきます」と、お声がけするように稽古をしなさい。それが慣れてきたら、今度は自分が命を終えるとき、遺される方たちにどのような言葉をかけるか。どのような心持ちで最期を迎えるか、その稽古をしなさい──このようにおっしゃったそうです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　父は若い頃から、深川和上のもとでもお育ていただいてきましたから、「死ぬ稽古」の話を和上から聞かせていただいていたのでしょう。父は往生の十日前、友人に送ったメールをこのように結んでいたことがわかりました。「お浄土が近づく日々。ナモアミダブツ。如来浄華衆　正覚華化生。浄華といふは、阿弥陀の仏になりたまひしときの華なり。その華座に生まれるのですね。楽しみです」。往生を間近に感じつつも、阿弥陀さまに抱かれた安心の中で、父なりの死ぬ稽古をしていたからこそ、ICUのベッドの上で、さらりと「楽しみ」という言葉が出てきたのだろうと思ったのです。</p>



<p class="has-text-align-right wp-block-paragraph">       布教研究専従職員　若林 唯人</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>『何十年先も 君を友達って思ってる』</title>
		<link>https://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/howa/5243/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[otanihombyo]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 05 Apr 2026 07:13:51 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　春は予(かね)てより出会いの季節と言われています。四月一日からは新年度が幕を開け、多くの会社では入社式が、学生なら四月上旬には入学式が挙行されます。 　私が住職を務めるお寺から一キロと少し程の所に小学校があります。毎年 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">　春は<ruby>予<rp>(</rp><rt>かね</rt><rp>)</rp></ruby>てより出会いの季節と言われています。四月一日からは新年度が幕を開け、多くの会社では入社式が、学生なら四月上旬には入学式が挙行されます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　私が住職を務めるお寺から一キロと少し程の所に小学校があります。毎年、入学式の日は保護者に連れられ、新しいランドセルを背負って小学校に向かう沢山の新一年生を見かけます。これから始まる学校生活を楽しみにしているのでしょう、どの子も皆、顔はキラキラとした笑顔です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　私はそんな笑顔の小学生を見た時、忘れられない小学校時代の思い出があります。入学式が済んで一週間ほど経ったくらいの時であったと記憶しています。学校からの帰り道、十メートル程先には下校する五人ほどの同級生がいました。私が「一緒に帰ろう、入れて～。」と声をかけると、向こうからの返事は「嫌や～あっち行け！」という何とも冷たいものでした。幼心にショックを受けて何とも言えない寂しい気持ちになり、それ以降は一人で家に帰っておりました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そんな日が少し続いたある日、下校途中、後ろから「順大、一緒に帰ろうぜ！」と声が聞こえてきました。振り返ると、そこには一人の同じ町内の同級生がいました。彼の名前をA君とします。私が「いいの？」とたずねると、A君は「え？何言ってんの？いいよ！一緒に帰ろう！」と走って私の所まで来てくれました。これからずっと一人で寂しく帰る事になるのかな、少しですがそんな事まで考えていたので、そのA君の呼びかけがとても嬉しかったのを未だに覚えています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そこから、そのA君とはクラスが違いましたが仲の良い友達になりました。小学校を卒業して同じ中学校に進学し、高校は互いに別々の学校に進みましたが、今でもよく連絡を取る、本当に仲の良い、何でも話すことのできる友達です。そんなA君と出会ったのが、この四月の学校の帰り道でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　あの時、一人で歩いている自分にA君が声をかけてくれた事を思い出す中で、それが阿弥陀さまのお心と通ずるものを感じます。『<ruby>無量寿経<rp>(</rp><rt>むりょうじゅきょう</rt><rp>)</rp></ruby>』というお経の中に「もろもろの<ruby>庶類<rp>(</rp><rt>しょるい</rt><rp>)</rp></ruby>のために<ruby>不請<rp>(</rp><rt>ふしょう</rt><rp>)</rp></ruby>の友となる。<ruby>群生<rp>(</rp><rt>ぐんじょう</rt><rp>)</rp></ruby>を<ruby>荷負<rp>(</rp><rt>かぶ</rt><rp>)</rp></ruby>してこれを<ruby>重担<rp>(</rp><rt>じゅうたん</rt><rp>)</rp></ruby>とす」という言葉があります。誰に頼まれずとも阿弥陀さまは私の友でいてくださる。苦しみ、悲しみの絶えない私の命をそのまま背負い、共に人生を歩んでくださるというのです。あなたの思いを全部受け止めるよ、あなたが嬉しい時は一緒に喜び、悲しい時は一緒に悲しみ、あなたと共に人生を歩むよ、私はあなたの真の友となるよ、と阿弥陀さまは私におはたらきくださっています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　お念仏申させていただくその心に、私たち一人一人がそのようなお心の仏さま、阿弥陀さまと<ruby>出<rp>(</rp><rt>で</rt><rp>)</rp></ruby><ruby>遇<rp>(</rp><rt>あ</rt><rp>)</rp></ruby>わせていただいているのだということを、大事に受け止めさせていただきましょう。</p>



<p class="has-text-align-right wp-block-paragraph">本願寺派布教使　尺一 順大</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>『花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに』</title>
		<link>https://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/howa/5201/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[otanihombyo]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 24 Feb 2026 01:43:37 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　３月から４月への変わり目というのは進学、進級、年度替わりと様々な環境での節目を迎え、お正月とはまた違った時の流れを感じる時期ではないでしょうか。 　冒頭の歌は、はかなくも散る桜の花に小野小町自らの美貌の衰えを重ねた歌と [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">　３月から４月への変わり目というのは進学、進級、年度替わりと様々な環境での節目を迎え、お正月とはまた違った時の流れを感じる時期ではないでしょうか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　冒頭の歌は、はかなくも散る桜の花に小野小町自らの美貌の衰えを重ねた歌と言われています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　年齢を重ねる中で美貌だけではなく、若い時のように体が動かなかったり、物事を思い出しにくくなったりしていきます。自分なりの衰えを感じながらこの先色々なものを失っていくのではなかろうかと思う時があります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　では人生は失っていくばかりなのでしょうか？</p>



<p class="wp-block-paragraph">　浄土真宗では教えを深く極めた学位の高い僧侶を尊敬の思いを込めて「<ruby>和上<rp>(</rp><rt>わじょう</rt><rp>)</rp></ruby>」とお呼びします。明治のころ、大分県中津という所に<ruby>吐<rp>(</rp><rt>と</rt><rp>)</rp></ruby><ruby>月<rp>(</rp><rt>げつ</rt><rp>)</rp></ruby><ruby>和上<rp>(</rp><rt>わじょう</rt><rp>)</rp></ruby>というお坊さんがいらっしゃいました。和上があるお寺の法要に布教に出向かれた際のお話です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　法要が終わると住職の息子さんが和上のもとに挨拶に来られました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「和上様、本日はありがとうございました。本当に尊いご縁、有難いお話でありました」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あなたはいくつかな？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「はい、１７歳です」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あなたは阿弥陀さまのことが好きかい？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「はい、大好きです！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「それはよかったね。あなたは１７歳か。それだったら２０歳になり、２５歳になったら今よりももっともっと周りの人から好かれるよ。２５歳から３０歳、４０歳になったら好かれるだけではない。周りから信頼もされ、尊敬もされるようにもなる。でもな、私みたいに８０歳を過ぎると、目やにはたまる、鼻水は出る。家族からも８０歳を超えたじいさんはむさくるしいと段々距離を置かれるようになる。でもね、そうなった時でも、阿弥陀さまだけはこの口から『南無阿弥陀仏』とお念仏となって出てくださって『あなたのことが好きだ』とおっしゃってくださる。その時になったらもっともっと、今よりも阿弥陀さまのことが好きになるよ」と語りかけたそうです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　当時１７歳の<ruby>雲山<rp>(</rp><rt>くもやま</rt><rp>)</rp></ruby><ruby>龍<rp>(</rp><rt>りゅう</rt><rp>)</rp></ruby><ruby>珠<rp>(</rp><rt>じゅ</rt><rp>)</rp></ruby>少年、後に最高学位である<ruby>勧学<rp>(</rp><rt>かんがく</rt><rp>)</rp></ruby>和上になられ、８０歳を迎えるころにもこの時の吐月和上とのやりとりを多くの若い僧侶に同じようにして語っておられたそうです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　年齢と共に失っていくものもあるかもしれません。しかし、年齢と共に輝きを増し、前には思えなかったような大切な尊いものに見えてくるものもあります。お念仏の教え、阿弥陀さまのお慈悲は歳をとると輝きを増し、温かみが増していくと感じられないでしょうか。そのようなご縁に出会えたこの人生もまた尊いことだと頂きたいものです。</p>



<p class="has-text-align-right wp-block-paragraph">本願寺派布教使　<ruby>津守 <rp> </rp></ruby><ruby>秀<rp>(ひで)</rp>憲<rp>(のり)(のり)</rp></ruby></p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>『梅一輪 一輪ほどの あたたかさ』</title>
		<link>https://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/howa/5176/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[otanihombyo]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 29 Jan 2026 02:03:50 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　冬の寒さのただ中に身を置きながら、ふと、あたたかさを感じるときがあります。服部嵐雪は、一輪だけ咲いた寒梅を目にしたときに、ほのかでありながら、たしかな春の訪れを感じ、そのあたたかさを詠んだのでしょう。 　九年前の二月一 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">　冬の寒さのただ中に身を置きながら、ふと、あたたかさを感じるときがあります。服部嵐雪は、一輪だけ咲いた寒梅を目にしたときに、ほのかでありながら、たしかな春の訪れを感じ、そのあたたかさを詠んだのでしょう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　九年前の二月一日、祖母が往生いたしました。肌を刺す寒さに触れると、あの日の別れを思い出します。<br>　別れの悲しさの中に身を置きながら、ふと、あたたかさを感じるときがあります。懐かしい面影が心に浮かんだとき。かけてもらった言葉を思い出したとき。いただいたご恩に思いが及んだとき。そうした折々はもちろん、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」とお念仏を称え、そのお念仏の声を聞くときにも、私は、あたたかさを感じています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　浄土真宗のご本尊である阿弥陀仏は、あるお誓いを建てられて、その実現のため、長く長くご修行を重ねられて、そのお誓いを成就された仏さまだと、お経に説かれています。それは、このようなお誓いでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「苦しみを抱えながら、それを自分の力では解決できない命に、安らぎを与えられる仏に、私は成る。修行をして、安らかな悟りの世界、浄土に生まれさせる力を具えた仏に、私は成る。その修行を成就した仏が、すでに至り届き、すでに抱きかかえているということを、『南無阿弥陀仏』という声となって知らせて、安心させる。そんな仏に、私は成る」</p>



<p class="wp-block-paragraph">「南無阿弥陀仏」と仏さまのことをお呼びしたら、仏さまが来てくださるのではなくて、阿弥陀さまがすでに私に至り届き、そのぬくもりが届いているからこそ、この私の口から、一声のお念仏が花ひらきました。<br>　花が咲いたあとで、春が来るのではなくて、その逆で、春のぬくもりが先に届き、すでに届いていたからこそ、一輪の寒梅が花ひらいたのと同じように。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そんなお念仏の声を聞くとき、あたたかさを感じるのです。身に沁みる寒さと寂しさにふるえる私に、ぬくもりと安らぎを与えようと、阿弥陀さまが今もここで、私を抱きかかえてくださっていると。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　さらに言えば、阿弥陀さまに抱かれてお浄土に生まれさせていただいたら、阿弥陀さまと同じお悟りの仏さまに成らせていただくのだとも、お経に説かれています。<br>　ということは、お浄土に往生されたお方は、仏さまと成って今ここに<a>還り来</a>て、阿弥陀さまと同じように、私を包んでくださっているのです。そんな祖母のぬくもりも、そんなほのかで、たしかな、あたたかさも、お念仏の響きの中で味わっています。 </p>



<p class="has-text-align-right wp-block-paragraph">本願寺派布教使　若林唯人</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>『受け止めきれないものと出会うたび 溢れてやまないのは涙だけ』</title>
		<link>https://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/howa/5143/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[otanihombyo]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 07 Jan 2026 01:41:13 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　私たちは生まれてきたからには、いつか必ず死を迎えなければなりません。出会ったからには、必ず別れを経験しなければなりません。そうしたことは頭では理解していても、実際に受け止められるかといえば、いかがでしょうか。特に、その [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">　私たちは生まれてきたからには、いつか必ず死を迎えなければなりません。出会ったからには、必ず別れを経験しなければなりません。そうしたことは頭では理解していても、実際に受け止められるかといえば、いかがでしょうか。特に、その別れが大切な方とのものであればあるほど、受け止めきれないのが私たちの姿ではないでしょうか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　先日、ある70代の女性とご法事をご一緒させていただきました。ご主人の七回忌のご法事でした。お勤めとご法話とが終わり、お茶をいただきながらお話していると、女性は突然言葉を止められました。そして、涙をこぼしながらご自身の思いを語ってくださいました。「ダメねぇ。主人が先立ってから6年も経つのに、まだ涙が出てくるの。お友達といる時や孫と電話をしている時は大丈夫なの。でも、夜一人になった時や、こうして主人のことを改めて思い返すと、今でも涙が出てきてしまうの。ダメよねぇ……」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　みなさんはいかがでしょうか。似たような思いを抱いておられる方もいらっしゃるかもしれません。世間では「いつまでも悲しんではダメ」「前向きに生きていかなければいけない」と言われることもあります。たしかに、そのように生きられれば良いのでしょうが、頭ではわかっていても思うように生きられないのが私たちの姿です。涙を流しながらしか歩むことができない私たちの姿があります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　しかし阿弥陀さまは、「いつまでも悲しんではいけません」「強く明るく生きなさい」と仰るお方ではありませんでした。「そんな苦悩を抱えるあなたこそ救わずにはおれない。どんなあなたであっても救い、支えぬく仏と成る」と立ち上がってくださったのが阿弥陀さまです。大切な方との別れを悲しまずにはおれない私のために、阿弥陀さまは“また会える世界”、別れのない世界であるお浄土をご用意くださいました。お念仏をいただく私たちは、この命終わるとき、阿弥陀さまのおはたらき一つで、懐かしい方々の待つお浄土へ参らせていただく身に、すでに仕上げていただいているのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　苦悩を抱え、涙を流しながらしか歩むことができない私の為にご用意された仏道が浄土真宗です。 その浄土真宗をあきらかにしてくださったお方が親鸞さまでありました。親鸞さまのご命日が今月16日。本願寺では9日から16日まで、親鸞さまのご命日をご縁とする御正忌報恩講法要が厳修されます。このご縁に、ぜひお参りいただき、ご一緒に阿弥陀さまのお心をお聞かせいただければと思います。</p>



<p class="has-text-align-right wp-block-paragraph">本願寺派布教使　正親 一宣</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>『君の肩に悲しみが雪のように積もる夜には』</title>
		<link>https://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/howa/5099/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[otanihombyo]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 29 Nov 2025 08:08:27 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　空に舞う雪が美しく感じられる季節です。手のひらに降りた雪がすっと溶けていくその様子は、美しさとともに儚さをも教えてくれます。しかし、その雪が溶けることなく降り積もり続けたなら、どうなるでしょうか。雪の重みに耐えきれず、 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">　空に舞う雪が美しく感じられる季節です。手のひらに降りた雪がすっと溶けていくその様子は、美しさとともに儚さをも教えてくれます。しかし、その雪が溶けることなく降り積もり続けたなら、どうなるでしょうか。雪の重みに耐えきれず、やがて家すらも押しつぶしてしまうかもしれません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　この雪を「悲しみ」に置き換えたなら、どうでしょうか。悲しみの雪が溶けることなく心に降り積もり続けたのなら、何も考えられず、何も手につかなくなってしまい、心が押し潰されてしまうのではないでしょうか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　1972年に生まれ、2018年に亡くなった一頭のゴリラがいます。名前は「ココ」。手話を使って人間と会話をしたことで知られています。生後まもなく人間の手によって育てられ、発達心理学の研究者であるフランシーヌ・パターソン博士から手話を教わりました。博士の研究によると2011年には、約2000もの手話を覚え、時には冗談を交えながら博士と会話を楽しんだといいます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そんなココが、自分の誕生日のプレゼントに「子猫がほしい」とおねだりをしました。絵本で見た猫に興味を持ったのだそうです。博士はその願いを聞き入れ、子猫をプレゼントしました。ココはその子猫を大変かわいがり、大きな手で小さな体をやさしく撫でたり、一緒にお昼寝をしたりと、たくさんの愛情を注ぎました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　しかし、幸せな日々は長くは続きませんでした。子猫は不慮の事故で亡くなってしまったのです。その報告を受けたココは大きなショックを受け、「話したくない」と繰り返しながら、子猫への愛情や悲しみの言葉を手話で伝え、声を上げて泣き続けたといいます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　博士は、ココが「死」を理解しているのではないかと感じ、「ゴリラはいつ死ぬの？」と尋ねました。するとココは「歳を取り、病で死ぬ」と答え、さらに「死んだらどうなるの？」という問いには、「苦痛のない穴にさよなら」と答えたそうです。死を理解していたココ、その“死”とは、「さよなら」しかない悲しい別れだったのでしょう。子猫との死別の悲しみは、ココの心に静かに、しかし絶え間なく悲しみの雪を降らせ続けその心を押し潰していたのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　私たちも、いつか大切な人と別れなければならない時が来ます。悲しみの雪がまったく降らない人生など、きっとないでしょう。時にはその雪に押しつぶされそうになることもあります。「あなたに降る悲しみの雪を止めることはできない。けれども、あなたがその雪で押しつぶされぬよう、あなたを抱く仏になりましょう。ともにお浄土へと歩む仏になりましょう。」と阿弥陀さまは南無阿弥陀仏の声の仏さまとなられました。阿弥陀さまにいだかれてお浄土へと参って往く命、それは「さよなら」のない命ということ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「南無阿弥陀仏」のお念仏は悲しみの雪の中で立ち尽くす私たちを、静かに、あたたかく包み込んでくださる仏さまです。</p>



<p class="has-text-align-right wp-block-paragraph">本願寺派布教使　工藤 恭修</p>
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		<title>『たかが と されど を 行ったり来たり』</title>
		<link>https://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/howa/5075/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[otanihombyo]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 25 Oct 2025 08:30:19 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　人生を歩む中、私たちの前には様々な困難や逆境が立ちはだかることがあります。その時に「たかが私が、、、こんな自分でいいのだろうか」という思いと「されど私が！それでも前を向いて行こう」という思いが、行ったり来たりすることは [&#8230;]]]></description>
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<p class="wp-block-paragraph">　人生を歩む中、私たちの前には様々な困難や逆境が立ちはだかることがあります。その時に「たかが私が、、、こんな自分でいいのだろうか」という思いと「されど私が！それでも前を向いて行こう」という思いが、行ったり来たりすることはないでしょうか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　浄土真宗の教えを中心に歩んでいく人生にも「たかが私とされど私」はあります。けれどもお念仏が中心になっているかどうかで、その揺れの味わいはまったく異なります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　末期がんを患う、80代の女性から教えていただいた話です。この女性は非常に熱心な浄土真宗のご門徒さん。病気を患いながらもことあるごとにお念仏をしておられ、「死ぬのは怖くない。浄土に生まれさせていただくんやから。」と言うのが口癖でした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　阿弥陀さまは「あなたを必ず浄土に生まれさせ、仏とならせる」とお誓いくださいました。「その心を聞いておいておくれ」と常に呼びかけてくださいます。この女性はその呼びかけを素直に聞き、阿弥陀さまがおられることを心から喜んでおられました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　朝と夜に、ふと冷たさを感じるようになった頃のこと。その日は、今まで経験のないほどに体調が悪かったそうです。開口一番このように語ってくださいました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「だいぶ身体がしんどなってきたな。そうなるとやっぱり気持ちも辛いな。もう死ぬ覚悟してきたつもりやったけど、死んでいくのはそら辛いわな。死ぬの怖くない言うてたけど、本当の意味で死ぬとは思ってなかったわ。人間って弱いな。調子がいい時は楽しいことを考えられるけど、こうなったら暗いことしか考えられんわ。<br>けれども死んだら両親には会えると思っている。真っ先に会いにいきたいな。阿弥陀さまが一緒やからそこは安心や。なんまんだぶ。なんまんだぶ。」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　あれほどお念仏を喜んでおられた方が、このように話されることに正直驚きました。死を前にして「たかが私」と沈みつつも、「されど阿弥陀さまに救われた私」と受け止めておられた。そこに“たかが”と“されど”を行き来する女性の姿がありました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　心に余裕がある時、体の調子がいい時には、「されど！」と前向きに今を受け止められるのかもしれません。しかし、些細なことであってもそのバランスが崩れたとき、「たかが」と気を落としてしまうこともあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　しかし私たちの人生には、決して崩れることのない大地のような仏様がご一緒です。「あなたがどのような心持ちであってもどんな状況に置かれていても支え添い遂げる。」その仏様が今ここにお念仏となってご一緒くださるからこそ、安心して「たかが私、されど私」と揺れる人生を歩んでいくことができるのです。</p>



<p class="has-text-align-right wp-block-paragraph">本願寺派布教使 渡辺 有</p>
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		<title>淡紅の秋桜が秋の日の 何気ない陽溜りに揺れている</title>
		<link>https://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/howa/5044/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[otanihombyo]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Oct 2025 05:28:22 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　与謝野晶子も短歌に多く読んだ秋を代表する花、コスモス。それを漢字で「秋桜」と表記し一般化されるようになったのは、歌手・山口百恵さんが1977年10月1日に発売した『秋桜』の曲がヒットしてからのことでした。 　翌日に結婚 [&#8230;]]]></description>
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<p class="wp-block-paragraph">　与謝野晶子も短歌に多く読んだ秋を代表する花、コスモス。それを漢字で「秋桜」と表記し一般化されるようになったのは、歌手・山口百恵さんが1977年10月1日に発売した『秋桜』の曲がヒットしてからのことでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　翌日に結婚を控えた娘の母に対する心境が情感豊かに描写されたこの曲の作詞・作曲を手掛けたのは、歌手のさだまさしさんでした。ただ、このとき百恵さんは映画やドラマ、歌手として多忙を極めていた18歳。さださんが「百恵ちゃんにはピンとこない曲でしょ？」と聞くと「はい、実感がわかないんです。上手に歌えなくてすみません」と答えたそうです。しかし、その3年後の1980年10月5日。百恵さんはおよそ8年間の芸能生活を締めくくる引退コンサートを日本武道館で行います。翌月に結婚を控えてのことでした。そのコンサートが終わったあと、百恵さんはさださんにメッセージを伝え残します。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「さださんがこの曲（『秋桜』）を作ってくれた意味が、やっとわかる日が来ました。本当に、本当に、ありがとうございました。」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　私たちは誰とも違う人生を、語り切れないほど様々な感情を抱きながら日々生きています。そんな感情の一端を、さださんは人生の節目を迎えんとするその人を例として“ウタ”に書き起こし、当時18歳の百恵さんへ贈りました。そこに描かれていたのは、どんなときも人は生かされ支えられながら育まれていくというあたりまえのようで、しかし忘れてはならない大切なこと。その存在なくして今の私はありえないという愛おしさを、さださんが私のために教えてくれていたのだろうとやがて気付かれ、ウタに重ね、深い実感とともに受け止められたのではないかと想像をするのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　親鸞聖人は阿弥陀さまをほめたたえて実に多くの“言葉”を残してくださいました。そこに示されるのは、どんなときもこの命に寄り添い、命の奥底から支えんとする阿弥陀さまがましますということ。様々なご縁のなかでその意味を深く感じ受け止められるときがあなたにも必ずやってくるよと、私のために教えてくださってあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　その親鸞聖人のご往生を縁とする「龍谷会」のご法要が15日、16日とここ大谷本廟でお勤まりになります。柔らかに揺れている秋桜がそうであるように、いつでも見まもり続けてくださっている阿弥陀さまのあたたかさを仰がせていただきます。</p>



<p class="has-text-align-right wp-block-paragraph">本願寺派布教使　渡辺 雅俊</p>
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		<title>お彼岸に想う</title>
		<link>https://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/howa/4983/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[otanihombyo]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 29 Aug 2025 01:15:24 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[　秋分の日というのは、太陽が真東から昇り、真西に沈んでいきます。この日を中日とした前後三日間を合わせた七日間の事を秋彼岸と言います。「彼岸」とは仏教では「悟りの世界」を意味し、浄土真宗では悟りの世界と言うのは阿弥陀様の浄 [&#8230;]]]></description>
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<p class="wp-block-paragraph">　秋分の日というのは、太陽が真東から昇り、真西に沈んでいきます。この日を中日とした前後三日間を合わせた七日間の事を秋彼岸と言います。「彼岸」とは仏教では「悟りの世界」を意味し、浄土真宗では悟りの世界と言うのは阿弥陀様の浄土です。阿弥陀様は西の彼方に、浄土という悟りの世界を造られ、全ての命ある者を浄土に生まれさせるとおはたらきくださっています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　浄土真宗の教えを大事にされた先人方は、お彼岸の時期に、西に沈みゆく太陽、夕焼けを見て、そこに阿弥陀様の浄土を重ねられ、浄土に参っていかれたと聞かされている自分の大事な人の事を想われました。「あの人が参ってゆかれた浄土は、あの夕焼けの向こうにある。私も、同じ阿弥陀様の浄土に参らせていただくのだ。」と先立ってゆかれた方の事を偲びながら自身の命の往く先を見つめ、お浄土での再会に想いをはせてこられたのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　私はお彼岸の時期、ある門徒様の事を思い出します。お名前をAさんとします。浄土真宗の教えをとても大切にされ、お寺の役員も長年務めてくださった方でした。そんなAさんからある時、突然お寺の役員を辞めさせてほしいと連絡がありました。Aさんは最近体調を崩されて、病院に行くと癌の宣告を受けたというのです。余命はおそらく半年程だと、これからは癌の治療に専念したいから、役員は辞めさせてほしいとの事でした。突然の事で、何と答えていいかわからずいると、Aさんは「突然癌と宣告されて最初は頭の中が真っ白になりましたわ。せやけどね、ご院さん、私には命終わって参ってゆける浄土があるんですね。また、浄土という世界は懐かしい方々とお会いする事の出来る世界であるとも聞いています。まあ、私はもうちょっとしたらお浄土に参りますけど、また浄土で会いましょうね。」この様に仰られたのです。この言葉を残して四ケ月程して、Aさんは命を終えていかれました。また浄土で会いましょうね、Aさんの最後の言葉は大事な事を教えてくださっていたのだと感じます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　阿弥陀様は、人間は生まれたら必ず死に別れてゆかねばならない、そんな存在だからこそ、どうにかして救いたいと願いを起こされ、お浄土をお造りくださいました。そして、「あなたは死んでゆく命ではありません。別れてゆく命ではありません。お浄土へと生まれゆく命を生きているのです」、と私達一人一人におはたらきくださっております。その事をAさんは最後に教えてくださったのです。私達は同じおはたらきをいただいているからこそ、さよならではなく、また浄土で会いましょうね、そんな言葉を互いにかけあっていく事ができるのです。</p>



<p class="has-text-align-left wp-block-paragraph">　お互い様に、お彼岸の時期には、西の夕焼けに浄土を想い、大切な方を偲ばせていただきましょう。　</p>



<p class="has-text-align-right wp-block-paragraph">　　　　　　　　　　　　　　　　　浄土真宗本願寺派布教使　尺一 順大</p>
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