『雨がふるから花が咲く』
※出典:山口タオ作詞「みんな花になれ」

道を歩くと、美しい花々に出会える季節です。5月は、1年の中で一番花が咲き誇る月ではないでしょうか。
本願寺では、3月29日から5月21日まで親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年の慶讃法要がお勤まりになっています。
この度の慶讃法要を機縁として制作された愛唱歌が「みんな花になれ」です。浄土真宗本願寺派の公式YouTube動画配信チャンネルにて、ぜひお聞きいただければと思います。
その歌を聴いていると、「雨がふるから花が咲く」という歌詞が心に響きます。雨が降ると服や靴が濡れてしまいますし、憂鬱な気持ちになる方もいらっしゃると思います。だからといって、晴れの日だけでは生き物は生きていけません。雨が降るからこそ、緑の葉が輝き、美しい花が咲くのです。
私たちの人生にも様々な天候が巡ってきます。喜びや幸せを感じることを晴れの日と例えることもあれば、大きな悲しみに出会うことを雨の日と例えることもあります。
『無量寿経』というお経には、「澍法雨(じゅほうう)」という言葉があります。「澍法雨」とは、仏さまの私たちを思ってくださるお慈悲が、まるで草木をうるおす雨のように降り注ぎ私たちの心を潤すということです。
私たちは大切な人を失ったとき、悲しみに包まれ孤独にさいなまれるときがあります。
人生が晴れのときには、降り注いでくださる仏さまのお慈悲に気づきにくいものです。ですが、人生の雨の日には、私たちのことを思ってくださる仏さまのお慈悲がなんとありがたく感じられることでしょうか。
仏さまは、一人一人の悲しみ苦しみを知り抜き、我がこととして受けとめてくださいます。ですから、仏さまはあなたを放っておけないと私たちに寄り添い、悲しみ苦しみを共にしてくださいます。私たちはどんなときも独りではありません。どこまでも思ってくださる仏さまがおられます。
私たちは、さまざまなご縁を通して仏さまに出遇うことができます。晴れの日も雨の日も、実はその一つ一つが尊いご縁であります。私のことを思ってくださる仏さまに出遇い、私たちは浄土にて必ず仏としての美しい花を咲かせるのです。