月々のことば(法話)

2023年12月

『ともかくも あなた任せの としの暮』

出典:小林一茶

 ある年の暮れに詠まれた、深い悲しみと、深い喜びが入り交じる俳句です。この年の元旦には、一茶は、次のような俳句を詠んでいました。

這へ笑へ 二つになるぞ けさからは

※出典:小林一茶『おらが春』

 当時は数え年。お正月を迎えるとみんなそろって一つ歳を取ります。前の年の五月に生まれてきてくれた愛娘に、「今朝からは、二歳になるんだよ。ハイハイしてこっちおいで。ほら笑って」と呼びかける幸せいっぱいの俳句です。「賢い子に」と願って名づけられた名前は、「さと」。「ワンワンはどこ?」と言ったら犬を指差して、「カアカアは?」と聞いたらカラスを指差す愛らしい様子や、お夕事のおつとめをしようとお仏壇にロウソクを灯して、おりんを鳴らすと、ぷっくりとした小さな手を合わせて「なんむ、なんむ」と称える、しおらしく殊勝な様子が、一茶の代表的な俳句俳文集『おらが春』に、眼に浮かぶように書き留められています。

 六月、そのさとちゃんが、「天然痘」という恐ろしい疫病にかかります。高熱が出て、顔や手足に発疹ができ、水ぶくれが膿んで、側で見ているのも辛いほど苦しんでいます。そのかさぶたが取れて、「よかった」と思ったのも束の間、次第に弱り、静かに息を引き取ったのです。

 その年の暮れに詠まれたのが、上の俳句でした。この歌はおそらく、「阿弥陀さまと一茶の対話」を歌ったものなのだろうと思います。一茶は、浄土真宗のご門徒でした。浄土真宗を開かれた親鸞聖人は、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と称えるお念仏は、私が阿弥陀さまのことをお呼びする声であると同時に、阿弥陀さまが私に喚びかけてくださっている声でもあるんだよ」と教えてくださいます。

「一茶よ。あなたは一人じゃない。私が、あなたを生涯、抱きつづけているよ。もうそんな苦しい思いは、させはしない。いつどのような形で命の終わりを迎えようと、一切の苦しみのない安らかな悟りの世界、浄土に、私が抱きとる、私が生まれさせるから、安心して、私に身を任せなさい」

「はい。阿弥陀さま。さとも、私も、命の往き先、あなたさまにお任せいたします。私の人生も、あっという間に暮れゆくときがやって参ります。だけど、死んで終わりではないのですね。年が暮れると同時に新たな年が始まるように、お浄土での命が、始まるのですね。さとを、苦しみのない、安らかなお浄土に抱きとってくださって、有り難うございました。さとが待っているお浄土に、私も、生まれさせていただけること、さととまた会えること、本当に有り難く、嬉しく存じます……」

 年末の夕暮れ、お仏壇のロウソクが灯され、おりんが鳴り、一茶のお念仏の声だけが静かに響いています。阿弥陀さまを見つめて、お念仏を称え、お念仏を聞きながら、悲しみと喜びの涙があふれてきた一茶。その胸の奥では、このような対話がなされていたのではないかと思うのです。

本願寺派布教使 若林 唯人

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