月々のことば(法話)

2024年2月

『大いなる もののちからに ひかれゆく わが足あとの おぼつかなしや』

※出典:九条武子『無憂華』

 浄土真宗本願寺派では、2月7日に「如月忌(きさらぎき)」という法要をおつとめします。冒頭の歌の作者である九条武子さま(1887~1928)の御命日法要です。九条武子さまは、本願寺第21代明如ご門主の次女としてお生まれになられました。「大正三美人」とうたわれており、類まれな歌人としての才能をお持ちで、才色兼備のスターとして世間からの注目を浴びる存在でした。

 地位や名声に踊らされることのない凛としたお方として知られています。当時はまだ珍しい女子高等教育の機関として、京都女子専門学校(現 京都女子大学・京都女子学園)の設立に奔走されました。また、1923年9月1日に起きた関東大震災では、自ら被災されながらも、全壊した築地本願寺の再建、震災による負傷者や孤児の救援活動にご尽力されました。そのご無理もたたり、42歳でご往生されました。

 一人ひとりの声を聞き、相手の立場に立って相手の為に尽くしていく。九条武子さまのご生涯は、その歩みは実に気高くたおやかな印象を与えます。ところがご本人は、

大いなるものの力にひかれて歩む 我が足どりのなんとおぼつかないことよ

※出典:九条武子『無憂華』

と詠んでおられるのです。自らの信念のもと、自信満々で歩んでおられたわけではなかったのです。「九条武子」という名が輝くほどに、世間からの妬み謗りの対象になることも多かったようです。大震災の中恐怖におののき、無力さに打ちひしがれることもおありだったことでしょう。

 私たちもまた、「しっかりしなければ」と自分を奮い立たせて、しっかりと生きているようでも、自らの力ではどうにもならない出来事を目の当たりにした時に、そうはできない自分を思い知らされることがあるのではないでしょうか。

 九条武子さまが歌の中にあらわしてくださった「大いなるもの」とは、無力で、か弱い一人ひとりを「見捨ててはおけない」とお慈悲のお心で支えてくださる阿弥陀如来のことです。悲しみ苦しみのどん底にあっても「大丈夫 あなたの仏がここにいる」と「南無阿弥陀仏」のお念仏が届きます。九条武子さまは、お念仏を称え阿弥陀如来を仰ぎながら、おぼつかなくもお慈悲の中で生き抜いてゆかれました。

 「如月」とは、「厳しい冬の終わり、草木が動き出す季節」という意味があるそうです。寒さの中にも春の日差しにひかれて、地面の下で少しずつ動き始めている草木のように、厳しい現実の中にも阿弥陀さまのお慈悲に導かれて歩む道が私たちに開かれていることを、九条武子さまのお姿を偲びつつ味わわせていただきます。

本願寺派布教使 田坂亜紀子

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