『花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに』
出典:小野小町『古今和歌集』

3月から4月への変わり目というのは進学、進級、年度替わりと様々な環境での節目を迎え、お正月とはまた違った時の流れを感じる時期ではないでしょうか。
冒頭の歌は、はかなくも散る桜の花に小野小町自らの美貌の衰えを重ねた歌と言われています。
年齢を重ねる中で美貌だけではなく、若い時のように体が動かなかったり、物事を思い出しにくくなったりしていきます。自分なりの衰えを感じながらこの先色々なものを失っていくのではなかろうかと思う時があります。
では人生は失っていくばかりなのでしょうか?
浄土真宗では教えを深く極めた学位の高い僧侶を尊敬の思いを込めて「和上」とお呼びします。明治のころ、大分県中津という所に吐月和上というお坊さんがいらっしゃいました。和上があるお寺の法要に布教に出向かれた際のお話です。
法要が終わると住職の息子さんが和上のもとに挨拶に来られました。
「和上様、本日はありがとうございました。本当に尊いご縁、有難いお話でありました」
「あなたはいくつかな?」
「はい、17歳です」
「あなたは阿弥陀さまのことが好きかい?」
「はい、大好きです!」
「それはよかったね。あなたは17歳か。それだったら20歳になり、25歳になったら今よりももっともっと周りの人から好かれるよ。25歳から30歳、40歳になったら好かれるだけではない。周りから信頼もされ、尊敬もされるようにもなる。でもな、私みたいに80歳を過ぎると、目やにはたまる、鼻水は出る。家族からも80歳を超えたじいさんはむさくるしいと段々距離を置かれるようになる。でもね、そうなった時でも、阿弥陀さまだけはこの口から『南無阿弥陀仏』とお念仏となって出てくださって『あなたのことが好きだ』とおっしゃってくださる。その時になったらもっともっと、今よりも阿弥陀さまのことが好きになるよ」と語りかけたそうです。
当時17歳の雲山龍珠少年、後に最高学位である勧学和上になられ、80歳を迎えるころにもこの時の吐月和上とのやりとりを多くの若い僧侶に同じようにして語っておられたそうです。
年齢と共に失っていくものもあるかもしれません。しかし、年齢と共に輝きを増し、前には思えなかったような大切な尊いものに見えてくるものもあります。お念仏の教え、阿弥陀さまのお慈悲は歳をとると輝きを増し、温かみが増していくと感じられないでしょうか。そのようなご縁に出会えたこの人生もまた尊いことだと頂きたいものです。
本願寺派布教使 津守 秀憲