『何十年先も 君を友達って思ってる』
出典:ケツメイシ『友よ〜この先もずっと…』

春は予てより出会いの季節と言われています。四月一日からは新年度が幕を開け、多くの会社では入社式が、学生なら四月上旬には入学式が挙行されます。
私が住職を務めるお寺から一キロと少し程の所に小学校があります。毎年、入学式の日は保護者に連れられ、新しいランドセルを背負って小学校に向かう沢山の新一年生を見かけます。これから始まる学校生活を楽しみにしているのでしょう、どの子も皆、顔はキラキラとした笑顔です。
私はそんな笑顔の小学生を見た時、忘れられない小学校時代の思い出があります。入学式が済んで一週間ほど経ったくらいの時であったと記憶しています。学校からの帰り道、十メートル程先には下校する五人ほどの同級生がいました。私が「一緒に帰ろう、入れて~。」と声をかけると、向こうからの返事は「嫌や~あっち行け!」という何とも冷たいものでした。幼心にショックを受けて何とも言えない寂しい気持ちになり、それ以降は一人で家に帰っておりました。
そんな日が少し続いたある日、下校途中、後ろから「順大、一緒に帰ろうぜ!」と声が聞こえてきました。振り返ると、そこには一人の同じ町内の同級生がいました。彼の名前をA君とします。私が「いいの?」とたずねると、A君は「え?何言ってんの?いいよ!一緒に帰ろう!」と走って私の所まで来てくれました。これからずっと一人で寂しく帰る事になるのかな、少しですがそんな事まで考えていたので、そのA君の呼びかけがとても嬉しかったのを未だに覚えています。
そこから、そのA君とはクラスが違いましたが仲の良い友達になりました。小学校を卒業して同じ中学校に進学し、高校は互いに別々の学校に進みましたが、今でもよく連絡を取る、本当に仲の良い、何でも話すことのできる友達です。そんなA君と出会ったのが、この四月の学校の帰り道でした。
あの時、一人で歩いている自分にA君が声をかけてくれた事を思い出す中で、それが阿弥陀さまのお心と通ずるものを感じます。『無量寿経』というお経の中に「もろもろの庶類のために不請の友となる。群生を荷負してこれを重担とす」という言葉があります。誰に頼まれずとも阿弥陀さまは私の友でいてくださる。苦しみ、悲しみの絶えない私の命をそのまま背負い、共に人生を歩んでくださるというのです。あなたの思いを全部受け止めるよ、あなたが嬉しい時は一緒に喜び、悲しい時は一緒に悲しみ、あなたと共に人生を歩むよ、私はあなたの真の友となるよ、と阿弥陀さまは私におはたらきくださっています。
お念仏申させていただくその心に、私たち一人一人がそのようなお心の仏さま、阿弥陀さまと出遇わせていただいているのだということを、大事に受け止めさせていただきましょう。
本願寺派布教使 尺一 順大